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1999年11月16日(火) 00時00分

(14)レイプ被害 間違った通念読売新聞

◆「防げたはず」に苦しむ

 「どうせ男は女を思い通りに扱うでしょ。対等な関係の恋愛なんてありっこないと思っていた」

 東京・新宿区の民間カウンセリングルーム「心のジム・テヅカ」。都内のパソコン編集会社で働く綾子さん(26)(仮名)は、3年前までの自分を冷静に振り返った。

 綾子さんの恋愛恐怖症の根っこをさかのぼると、中学2年の夏休みに負った深い心の傷にたどりつく。

 テニス部の練習を終えた下校時、中年の男性に車の中から道を聞かれた。「隣に乗って案内して」と頼まれて、「イヤと言えなかった」。口ごたえをすると暴力をふるう父親を見て育ち、「大人には逆らってはいけないと思っていた」からだ。

 「かわいいね」「タレント養成会社を経営している。静かなところで写真撮らせて」と男のペースにのせられて、ラブホテルに。「親からかわいいと言われたことがなかったから、うれしかった」という。緊張をほぐすためにと錠剤を飲まされ、頭がぼおっとしているうちに下着を脱がされた。意識が戻ると、悪寒が走った。「私、とんでもない世界に行ってしまったかもしれない」

 起こった事実を整理できないまま、親に打ち明けた。母親は「なんでついてったの」「どんな風にされたの」とわめき立て、父親は「お前は傷物だ。だれにも言わず、処女で通せ」と責めるだけ。警察には届けなかった。

 翌月、予定通り生理がきた。「汚れた自分が生まれ変わるには優秀な子になるしかない」と、とりつかれたように勉強して受験校に合格。が、高3の時、大学受験のストレスからか拒食と過食を繰り返すようになった。志望の大学に入学できず、症状はひどくなるばかり。

 友達みたいに恋をしたいと思っても、「汚れた自分には無理」「男に体を支配されるのはまっぴら」と抑止する気持ちが働いた。

 97年に警察に届けられたレイプは1657件。この数字は実態の1割以下ともいわれ、それだけレイプ被害者が声を上げにくい社会であることを物語る。

 「挑発的な服装や態度が誘因になる、抵抗すれば防げたはずといった誤った社会通念が邪魔をして、特殊な男女の事件として見られがちなことが問題」と、武蔵野女子大学の小西聖子教授(臨床心理)は言う。「誤った通念を持っているのは被害女性でさえ同じ。バカな自分が悪かったという気持ちから抜け出せずに苦しむ人が多いんです」

 綾子さんもずっと自分を責めてきた。暗く長いトンネルから脱出できたのは、カウンセラーとの出会いだった。「レイプは性的な暴力で、だれの身にも起こりうる。あんな目にあえば、だれだってあなたと同じ状態になる。悪いのは決してあなたじゃない」という言葉に救われた。

 1年前、綾子さんはグループカウンセリングの場で知り合った男性と交際を始めた。肌のぬくもりを確かめ合うこともできた。「今の君でいいんだから」。彼のそんな温かさが支えになっている。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19991116_01.htm