異性との交際がいかに人の生命力を高め、いきがいをもたらすか——。
神奈川県大磯町にある特別養護老人ホーム「恒道園」で、81歳の米造さんと68歳のミツさん(いずれも仮名)の恋愛カップルと半日過ごした時、そう実感した。2人にはそれぞれ中程度と、軽度の痴ほう症状がある。
午後3時のおやつの時間。食堂で、2人は肩を並べて座っていた。「おばあ、弁当作ってくれ」と甘える米造さんに、「食べきれないほど作るわよお」と答えながら、おやつのキナコにまみれた米造さんの口元を、人さし指の腹でぬぐうミツさんのしぐさがほほえましかった。
「米造さんはね、彼女ができる前は攻撃的で、孤立していたんですよ」。職員の一人が教えてくれた。
2人は喫煙コーナーで夜遅くまで手を握り合ったり、キスをしたり、時には、どちらかのベッドで一緒に寝てしまうこともある。しかし、どちらかが暴力を振るったり、誘いを嫌がるそぶりを見せたりしない限り、職員たちは静観しているという。
同ホームがこれだけ恋愛に寛容なのは、数年前、あるカップルのケースを経験したからだ。
一緒に入居していた妻を亡くしてから落ち込みが激しく、奇行が目立った男性(当時79歳)が、新しい彼女(当時72歳)と付き合いを始めてから、表情がいきいきとよみがえってきた。
そうした変化を読み取ったソネ田俊邦施設長は、プライバシーを守れる和室を昼間だけ提供することを決断した。脳梗塞(こうそく)で男性が倒れてからは、2人のベッドを隣り合わせにした。彼の死をまくら元でみとった女性は、1年後、あとを追うように息を引き取った。
当初は、和室を提供することやベッドを並べることに、「いい年していやらしい」と、反発する職員も少なくなかった。
「でも、幸せそうな死に顔を見て、結局あれでよかったと納得したようです」と、ソネ田さんは言う。「2人に性交渉があったかどうかは問題ではない。性行為こそが性の本質という誤解が高齢者の性に対する見方をゆがめ、不潔視することにつながる。性をタブー視せず、反社会的な行為でなければ積極的に援助するのが施設の役割だと思う」
「恋人ができたら、おむつがはずれた」「2週間に1回男女混浴の日をつくったら、目に輝きが戻った」。パートナーの存在や性的な刺激が生活の活性化に結びつくという話は、他の施設でも幾例も聞いた。
熊本悦明・札幌医大名誉教授(泌尿器科)と井上勝也・筑波大大学院教授(老年心理)らは1997年、全国2013の老人福祉施設における性調査をまとめた。それによると、約8割が「性の欲求の実現は生活の質の向上に役立つ」と考え、恋愛関係にある入居者の同室を「なるべく認めるようにする」ところも4割を占めた。
恒道園で米造さんたちカップルの食事介助をする20歳代のスタッフがつぶやいた。「人間いくつになっても恋をしているのってすてきだなと、最近思うようになりました」
http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19991029_01.htm