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1999年10月27日(水) 00時00分

(1)「若さ」へ、バイアグラ信仰読売新聞

◆団塊世代、強い男性像にこだわり

パートナーとの関係が、新薬登場で大きく変わることも?

 今年わが国でも、勃起(ぼっき)不全治療薬「バイアグラ」に続いて、性解放の象徴的存在だった低用量ピルが解禁された。すでにタブーなどなきに等しいといわれる現代の性現象をさらに加速させるのではないかと注目されている。今、セックスは現代人を理解するキーワードとして、心理学はもちろん、社会学、歴史学、脳科学などの分野でも大切なテーマとなり、表舞台で語られるようになった。

「家庭とくらし」面で、シリーズ「性の風景」を取り上げてから3年。今回は、性を取り巻く環境が大きく変わった世紀末の状況を改めて見つめてみたい。(永峰 好美、菊池 裕之、大森 亜紀)

 「万歳! 20代の青春時代に戻ったみたいだ。かみさんにもほめられた」

 埼玉県で会社を経営する明彦さん(56)(仮名)は日曜の早朝、学生時代からの親友宅に喜々としてファクスを送った。男性の勃起不全治療薬「バイアグラ」を初めて試した日のことだ。

 まもなくその友人から「もっと頑張れ。10代は間近」という返事が届いた。

 明彦さんが医師に相談して処方を受けたのは、4か月前。ここ数年仕事に追われていらいらすることが多く、妻の求めを拒んだことが何回かあり、気まずいムードになっていた。「正直に言うと、応じようとしたんだが、ちゃんと勃起しなかったんだ。こりゃまずい、ばかにされると思って、疲れてるからまたなってごまかした。だって、男の沽券(こけん)にかかわる問題でしょ」

 日本性機能学会では、勃起不全について「性交機会の4回に3回以上、勃起不十分なために満足にできない状態」と定義。わが国では、軽症を含めると980万人以上、56歳以上の過半数が悩みを抱えているといわれる。直接的な原因は、前立腺の手術やけが、糖尿病、過度のアルコール摂取やストレスなど様々だ。


勃起しない…疲れてるからとごまかした「バイアグラ」は今世紀第2の性革命を引き起こすか

 日本で「バイアグラ」が発売されて7か月が過ぎ、推計10万人以上が処方を受けた。「勃起不全はインポとか不能とか差別的な呼び方をされ、医師にさえ打ち明けられないケースが多かったのに、今ではだれもがバイアグラについて語りたがる。ジョークのネタにされたりして、治療薬であるということが忘れられているのでは」と、製造元のファイザー製薬(東京・新宿区)が気をもむほど。

 明彦さんが参加する集まり「性を楽しく語る会」(事務局・東京)でも今、2か月に1度の例会は「バイアグラは本当に効くのか」という話題で持ちきりだ。10年前から続く同会の会員437人の7割は会社員や自営業者など50—60歳代の男性。

 「飲むと体が熱くなって汗が出るほどだった」「2時間後くらいから効き出して、一回終わっても勃起は持続。硬さも角度も青春真っただ中」「ただし、下痢することもあるからご注意を」……。デメリット情報も含め、体験談が実に明るく交わされる。

 「戦後生まれの団塊世代前後が新しく入会し、雰囲気がよりオープンになってきた。老いを気にする彼らは、バイアグラ情報に極めて敏感」と、同会事務局長の大竹亘人(あきと)さん(66)。

 稲増龍夫・法政大学教授(社会心理学)は、「若さという価値観が優位だった時代に青春を謳歌(おうか)した世代で、若さを保つことで男としての自分の存在価値を確認しようとしている。団塊前後には、セックスの衰え即ち若さの喪失という思いが強く、今の若者世代より精力あふれる男性神話にこだわる傾向があり、バイアグラ信仰を助長している」と分析する。

 米国では、「避妊用ピルが60年代の性革命を加速させたように、今度は、勃起用経口薬が今世紀第二の性革命を引き起こす」(ニューズウィーク誌)といわれ、「バイアグラ」に続けとばかり、勃起能力を高める薬の開発競争は激化、遺伝子治療などの研究も進められている。

 先端科学が可能にするこれからのセックスは、互いの肉体への感動や慈しみ合いといった従来の性のありようを、どう変えていくのだろうか。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19991027_01.htm