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1996年12月19日(木) 00時00分

(6)失われた「ふれあい」 同等の立場で楽しむ読売新聞

 朝、床で体が動かない。手のひらにはじっとりと汗。人間ドックに入ったが、悪い所はなかった。仕事のストレスのせいと想像はついた。

 東京に住む働き盛りのサラリーマン(39)。責任も地位も重くなったところだった。大柄でにこやか。「頼られるタイプ。でも、他人の分までストレスを背負うんです」

 趣味やスポーツとも縁がなく、酒を飲むのも仕事仲間とだけ。どうストレスを解消したらいいのか。相談した心理カウンセラーが言った。

 「仕事以外の友達と羽目を外すこと。それとセックス。性欲を発散させるだけではありません。人間同士の肉体のふれ合いは、何より心身をリラックスさせるんですよ」

 そう言われた瞬間、冷や汗が出た。妻とは数年来、性生活がない。気持ちが離れて別れを切り出した時、妻は予想以上にろうばいした。危機を乗り越えるエネルギーはわかなかった。妻と正面から話す機会も、性生活も棚上げにしたまま数年が過ぎた。

 「体調が悪いのは仕事のストレスからと、自分を納得させていた。性はお互いの癒(い)やし合いだと聞かされ、自分に何が欠け、何から逃げようとしていたのか、指摘された気がした」と言う。

 大阪市に昨年できた「メンズセンター」の中心メンバーの1人、水野阿修羅さん(47)は「男のためのコミュニケーション教室」の世話人をしている。各地への出前講座などもよく頼まれる。教室はこんな風に進む。

 男性ばかり約10人が、円陣を組むように立つ。「隣の人の右肩に手を置いて下さい」と水野さん。「男同士で気恥ずかしいなあ」と口々に言いながらも、輪がつながる。

 「どんな感じがしますか」「へえー、気持ちいいなあ」「子供のころを思い出す。肩組んだり、手をつないだり」「人間の手って、あったかいもんなんやな」。次は両肩に手を置き、数珠つなぎになって肩をもみ合う。「凝ってますなあ」と話も弾む。

 満員電車で通勤し、コンピューター相手に仕事して、深夜の帰宅で子供を抱くこともない。そんな生活をしていると、親しい気持ちをこめて人間にふれる機会もなくなる。「人と仲良くすることの気持ちよさに、体で気づく試みです」と水野さん。

同等の立場で楽しむ認識が大切

 長年、在日外国人労働者の支援運動をしてきて、アジア各国の女性から「日本の男はどうしてこれほど女性を買いたがるのか」と何度も問いただされた。女性と自由な恋愛をするためのコミュニケーション技術を持たないのも理由の1つ、と思い当たった。

 日本の男性には演説や説教口調が目立つ。相手の話はあまり聞かない。言葉の上でも相手を打ち負かすことが「男らしさ」だと思われてきた。女性のように「へえ」「そう」と相づちを打って話を引き出すことも苦手。一方で、無口な人も男性には多い。妻や母など周囲が常に自分のことを察してくれてきたからか。「言わなくてもわかるだろ」が、この「男は黙って」タイプの決まり文句だ。

 「いずれにせよ、コミュニケーション下手であることに変わりない。相手を思いやり、自分の意思も表す。この2つを併せ持ってこそ、人との付き合いは楽しくなるはず」と水野さん。

 教室ではよく、「後出しじゃんけん」をする。文字通り後出しのじゃんけんだが、肝心なのは負ける手を出すこと。相手がグーならチョキを出す。これが意外に難しい。勝つ手を考えることに頭と体が慣れているせいか、反射的な動作ができないのだ。

 相手を打ち負かし、優位に立ち、支配する——。現代人にとってセックスも、そんなパワーゲームの一種になって来た感もある。

 性科学者の石浜淳美さん(81)(埼玉県立衛生短大講師)は、こう言う。「セックスは人と人とのコミュニケーションであると同時に、情緒安定のための行為です。不安定な人間には良いセックスはできないとも言える。セックスレスが問題になるのは、現代人が不安定になってきたことの表れ。カップルが同等の立場で、まず楽しむという認識が失われた気がします」

 そろそろ「仲良くすることの気持ちよさ」を回復する時なのかもしれない。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19961219_01.htm