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1996年09月13日(金) 00時00分

(8)夫婦はいつまでも“男と女”読売新聞

◆古い観念見直し、楽しい老後を

 さわやかな朝の潮風を受けながら、八木義雄さん(65)忠子さん(61)夫妻が散歩を楽しんでいる。日本海に臨む新潟県青海町。6年前、夫が中学校の校長を定年退職して以来の日課になった。

 近所の人と会えば、「おはようございます」とあいさつする。そのあいさつが、初めは気が重かった。だれもが決まって「おまんた(あなた方)、いつも2人でええね」と奥歯にものがはさまったように言うのだ。

 「おら、2人しかおらんもん」と夫は何度でも繰り返した。若い夫婦ならまだしも、この年齢でいつも一緒というのは奇異に映ったらしい。

 買い物や月2回のソーシャルダンス教室、週1回の高齢者体操教室なども一緒。ふろにも必ず2人で入る。以前は夫の背中を着衣の妻が黙って流したが、いまはお互いに流し合ったりもする。そのためにふろ場は畳3枚分ほどもある。退職直後の改築の際、特に注文した。

 「生活の場面を共有するほど生きることへの共感が生まれるからね」と夫。妻も「こんなに楽しい毎日が定年後に待っているとは思いませんでした」と笑みを浮かべる。

 保健体育の教師だった夫はクラブ活動の顧問をいくつも引き受け「授業はきっちり、試合には勝つ」がモットーの猛烈教師だった。同僚教師だった妻と結婚してからも「おい、あれ持ってこい」と、出産で退職した妻に命ずる亭主関白。何でも男がリードするものと思っていたから、セックスも一方的だった。

 こんな夫が突然変わったのは、定年を3年後に控えた9年前のこと。望まない妊娠をテーマにした教師向けの性教育講演を聞いたのがきっかけだった。きちんとした知識を与えないまま教え子たちを卒業させたら、様々な性の問題に苦しむことになりはしないか心配になった。性科学の本をむさぼり読み、卒業前の3年生に自ら性教育の授業を行った。

 その後も自分で性教育の勉強を続けたが、壁も感じ始めた。「自分が変わらなくては人には教えられない」と。そこで、まず台所に入ることにした。妻と一緒に魚を焼き、刺し身を盛り付け、後片付けをする。夫が学び、夫婦で話し合ううちに「何でも一緒」に行き着いた。

 セックスについての考えも変わった。お互いにどう感じているか確かめ合い、嫌なときは嫌とはっきり言える新たな関係が生まれた。

 セックスに定年はないと言う夫は「ベッドで妻が一方的に夫に従わせられるような付き合いでは長い老後はもちません」と力をこめる。

 八木さん夫妻は、一つの理想を実現したと言ってもいいだろう。だが、大半の高年者は依然として古い性的観念に縛られている。

 聖徳大学保健センター助教授の荒木乳根子(ちねこ)さん(臨床心理学)らが1990年に、東京都と神奈川県の60歳以上の男女計428人に性行動などについてアンケートしたことがある。男女とも半数以上が「性は口に出してはいけないことと教えられた」(複数回答)と答えた。男性は「老人になったら性欲はなくなる」、女性は「夫の性的な欲求に従うのが妻の心得」と教え込まれていた。

 男性の42%が「望ましい性的関係とは性交を持つこと」と答えたのに、そう答えた配偶者のある女性はわずか8%。男女の意識のずれは大きい。月一回以上性交をしていると答えた配偶者のある女性の3分の2は、望まないのに夫の要求に合わせていた。

 荒木さんは「女性の性欲が乏しいのは、男性が性行為イコール性交というワンパターンの思い込みがあって、一方的な行為になるからではないか。老年期は、特にコミュニケーションの手段としての性行為を大切にしてほしい。性交をしなくても、まくらを並べ、互いの肌のぬくもりを感じることで親密度は深まるはず」と指摘する。

 年を取るにつれ、性機能は衰える。特に女性は性交痛が起こるなどさまざまな体の変化が現れる。それを乗り切るには、それなりの知識と工夫が必要になる。長い老後をより楽しいものにするには、性意識と性知識の両面から2人の関係を見直すことが欠かせないと言えそうだ。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19960913_01.htm