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1996年09月04日(水) 00時00分

(2)テレクラに電話、夫は知らない読売新聞

◆むなしい時間を埋めたかった

 恐る恐るプッシュホンのボタンを押した。受話器を握る手が汗ばんでいた。雑居ビルの一室で、いつかかるともしれない女性からの電話を待っている男性がいるとはにわかには信じられなかった。

 「女性はフリーダイヤルで通話料がかかりません」という甘いチラシの言葉に「引っかかるのは私だけではないはず」と、自分で自分に言い訳をしていた。

 4年前、初めてテレクラに電話した時のことだという。淡々と振り返る30代の主婦の話を聞いていると、首都圏の閑静な住宅街で恵まれた暮らしをしているように見えるのになぜ、という疑問がわいてくる。

 「もしもし、こんばんは。今どうしてるの?」

 さわやかに言われてしまうと、黙って切るわけにいかなくなったという。「いくつ」「今どこから」「ダンナはどうしてるの」。矢継ぎ早の質問の後、相手が独身で年下と聞くと少し安心した。続けざまに3人の男性と話した。

 結婚6年目に2人目の子供を出産。以来、夫はセックスを避けるようになった。2か月に1回が、やがて半年に1回に。妻は悩んで専門医に通ったこともある。だが、その直後に夫の浮気が分かり、けんかが絶えなくなった。

 男性が通話料とクラブの個室代などを負担して女性からの電話を待つテレクラやツーショットは、未成年売春の温床と批判され、規制を求める声も高まっている。しかし、電話をかける女性側の実態がなかなかつかめず、法的な歯止めは難しいのが現実だ。

 この主婦は、自宅の電話番号を告げた男性の家に自分から電話するようになった。「とにかく話し相手がほしかったんです。むなしく過ぎる時間を埋めたかった」

 しかし何度か電話するとしきりに「会おうよ」と言う。面倒になってテレクラで別の男性を探した。

 1度だけだが、テレクラで知り合った男性とホテルに行ったこともある。女友達3人から婚外セックスの経験を聞かされていたためか、あまり怖いとは思わなかった。

 しかし、テレクラとは2年前に縁を切った。離婚覚悟で夫と話し合い、子供たちのためにやり直そうと誓ったためだ。ただし、夫はテレクラのことを知らないし、これからも話す気はない。

 総務庁が昨年、全国約600人の女子高校生に聞いた調査では、「テレクラやツーショットに電話したことがある」と答えた生徒が4人に1人強の27%に上る。大人を対象にした調査は見当たらないが、かなりの数の女性たちが自分から日々電話をかけていることでテレクラが成り立っているのは間違いない。

 4年前、日本性科学会で「セックスレス」の研究を報告したことで知られる「あべメンタルクリニック」(千葉県浦安市)の阿部輝夫医師のもとには、セックスレスに悩む主婦からよく電話がかかってくる。「治療すれば何とかなりますよ。どうぞご主人と一緒にいらして下さい」

 しかし、1人で来院する女性が少なくない。夫が来ない理由を聞くと、「仕事で忙しいから」「そんな所になぜオレが行かなくっちゃならないと怒り出した」「大した問題じゃないと片付けられてしまった」とうなだれる。

 「一緒に来てもらった方が治療はしやすいのに、進んで協力する男性が少ない。性の問題はそのまま心の問題であることを、男性にももっと理解してもらいたいですね」

 東京・四谷の主婦会館クリニック所長の奈良林祥さんも、受ける相談の大半は女性からだ。最近はセックスレスの相談が増えている。

 「男と女が共に一つの大きなボールを支え合うのが欧米の結婚観。日本の結婚は、男女が一つのカゴの中に入れられているようなもの。でも、それではいけない。『相手を変えれば、もっと素晴らしい体験ができるはず』と思うような男性は、心理的にも社会的にもあまりに未熟です」

 性を下半身だけの問題と片付ける風潮は昔からあった。しかし、いまは女子高校生や中学生だけでなく、家庭の主婦までも電話1本で危うい関係に身をゆだねることができる。せつな的な彼女たちの行動は、女性の心を顧みない男性たちへの報復ではないか。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19960904_01.htm